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ESSAY・BLOG

2019.10.29

踊るキューバ01「甘いもの食べれば優しくなる?」


写真と文・小町剛廣

(この原稿は2001年に連載していたものです。
当時の臨場感を出すためにそのまま掲載しております)

週刊 ジャーフル・連載第1回

ー甘いものー

「お前も食べるか?」

いきなりのこの言葉にふいをつかれびっくりした。

振返ると100キログラムはゆうに超す巨漢の男が
小さなバケツほどもあるハーゲンダッツの
アイスクリームの中にクッキーを粉々に砕いて入れていた。

ここ2、3年の間でカリブ海に浮かぶ社会主義
の国キューバが日本でも話題になっている。

私は93年頃より何回も
キューバへ足を運び写真を撮ってきた。

なぜなら、キューバがえらく好きだ から、だけである。

今でこそ「キューバは いいよ」という人が増えてきたが行き始めた当初は、

「何しにキューバへ行くの?」
「生きて帰って来られるの?」
(これはちょっ オーバーであるが…) とさえ言われた。

外国へ旅する時、
「食べ物はおいしいの?」
「どんな物がお土産にあるの?」
と聞かれるが、
私がキューバに行き始めた頃は、
アメリカの経済封鎖が一番きつかったころで、
お土産らしいお土産など、買った記憶もない
(ただし、ラム酒と葉巻は別で、世界最高級品が、当時よりずっと前から売っている)。

なぜキューバに惹かれるのか、
との問いに私は普段、写真で伝える以外は
あまり語らない様にしてきたが、
今回、あえて言葉でも 伝える事にした。

98年にキューバ・ハバナのホセマルティー国際は
空港は新しい場所に移転 し、とてもきれいになった。

私が初めてキューバを訪れた時は、
中学校の体育館の様な箱であり、
外の原色的な明るい感じとは違っていた。

中は薄暗くて湿度が無性に高かったのが印象に強く残っ ている。
そこには軍服を着た空港警備の人間が至る所でライフルを持っていて、圧倒された。

背筋に冷たいものを感 じつつ空港を出て、街へ向かうためのタクシーを探す。

どこの国でもボッタクリのタクシーがいるのが 常で洗礼を受ける位の
つもりで交渉を始めたが、そんな奴はいなかった。
自分の海外経験の中ではすごく新鮮な驚きがあった。

社会主義という国の構造は、当時はもっと色濃く残っていた。
資本主義 とはちょっと一味違うなと感じた。

ホテルでもこんな事があった。
朝、チップを枕 元に置いて外出したが、
部屋に戻る頃、メイドがわざわざ部屋まで来て、
あなたのお金が枕元に落ちていましたと報告し、
お金を返そうとした事もあった。

この国の最大の魅力は、青い海でも空でも、多彩な音楽性でもなく、
世界 遺産に指定された歴史的街並みでもなく、
それをつかさどっている人間に尽きる。

それは、世界中から移り住んだ様々な人種 (スペイン人、アフリカ人、
アメリカ人、旧ソ連人、中国人…など) で構成されており、
日々危機感(アメリカによる経済封鎖) の中で暮らしている
からこそ一日一日を一生懸命生きているのではないかと思う。

カメラを向けた人々の顔が皆、白い歯を輝かせ堂々と飛び込んできた。

南の国にできた社会主義の人々とこんなに深くつき合う事になるなんて
当時は思ってもいなかった。

キューバ人が、最初に私に教えてくれた事は笑顔だった。

100キログラムを超す巨漢の彼は言った。

「毎日毎日、もっともっと、甘い物を食べなさい。
クッキー、チョコレート、 プリン、マンゴー……。
そうすれば、人は自然と、優しい顔になるよ!」

本当かいな……。

     
マタニティフォト専門スタジオモーツァルト
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