写真と文・小町剛廣
(この原稿は2001年に連載していたものです。
当時の臨場感を出すためにそのまま掲載しております。)
週刊 ジャーフル・連載第5回
ーコニョー
ハバナは新市街と旧市街から成っている。
その境はプラド通りになるが、どっちが旧市街
だかわからないほど、街並みは変わらない。
旧市街は、何年か前からその全体を世界遺産に
指定された。私もキューバを訪れると、
必ずこの旧市街へ行く。
建物がそんなに魅力的なのかと言われるが、
建物に限っていうと、他の場所で
もっと古いものはいっぱいある。
そんなハバナ旧市街に、元気のいい人たちが
すき間ないくらいぎっしり住んでいる。
私にとって、そんな人々の一生懸命生きる様
をフィルムに収めながら歩いていると、
日頃東京でたまったストレスが抜けていく。
ツルツルの頭で、スペイン語をべらんめえ調に
しゃべるオヤジとも、このハバナ旧市街で
知り合った。
オヤジの名は「モンギ」といい、
屈託のない笑顔で笑ったかと思うと、
まくしたてるようにマシンガンのごとく
しゃりまくる。
かと思うと、自分がしゃべって
いて口がこんがらがってくると、
右手でツルツル頭を「コニョ」と
言いながら叩く。
人なつっこさが妙に気に入って、毎日
のようにオヤジの顔を見に行った。
ちなみに「コニョ」とは、キューバ特有の
スラングで、たくさんの意味を持っている。
驚いたときとか、自分で他愛のないつまんない
ことをしたとき(例えば、机の上の荷物を取ろうと
して机の角に肘をぶつけたりなど……)に使った
りするようである。
また、いきなり目の前を美人が通り過ぎたときに
「コニョ」と使っても間違いで
はない(この場合はめちゃくちゃいい女だな!という意味)。
しゃべっていると、必ず5分に一回くらい
「コニョ」と言うオヤジにとても愛着がわき、オヤジ
も得体の知れない日本人を気持ちよく受け入れてくれた。
94年に初めてキューバの野球を観戦したときのことである。
物不足が深刻なキューバにとっては、野球も同様で、
ボールが不足みで困っていた。
特にファールボールとかでボールが観客席に飛
んでいくと、持って帰ってしまう人が多く、
政府はこの事態に特別な提案をした。
なんと、ファールボールを取った観客は、
レストランで食事ができるチケットとボールを交換し
てくれるという計らいである。
観客席を見ると、我こそは食事がしたいという
思いで、ファールボールを追いかけていた。
すると、あのオヤジがその中にいたのであった。
「モンギ!」と声をかけると、いつもと同じ笑顔で手を振ってくれた。
私は途中6回くらいで球場を後にした。
何時間かして、夕方、ハバナ旧市街に行くと、
モンギがいつもの調子で話してくる。
「おまえ、なんで途中で帰っちまうんだ……
すごかったんだぞ……」
私は何がどうしたのかわからなかったが、
モンギは続けて例の調子で、
「おまえが帰った後の9回裏の出来事で、
観ていた観客の一人がなんとかファールボールを
取ろうとしていたら、腹が減りすぎて・・・
何を勘違いしたのかファールボールを口
で取っちまったんだ。アハハ……」
と同時に、右手でツルツルの頭を叩きながら、
「コニョ」と言った。