写真と文・小町剛廣
(この原稿は2001年に連載していたものです。
当時の臨場感を出すためにそのまま掲載しております。)
週刊 ジャーフル・連載第6回
ーサルサは限りなく前戯に近い(前編)ー
私は子供の頃、父親から、人と話す時
眼をそらす奴は信用するな、
と、しつけられてきた。
いつも何気ないことでも、人の眼を
しっかり見るという風に 訓練されてきたようである。
キューバを始めとする中南米、南米の人々の眼
はとても熱く、小さい頃から人と眼を
合わすことに馴染んでいる私でさえ、
眼のやり場に困ってしまう時がしばしある。
ハバナの、とあるクラブでの出来事であった。
トイレから自分の席に戻って来て、ラム酒の入った
カクテルを飲んでいると、
何か後ろのほうから視線を背中に感じ、ふと
振り返ると、場内は薄暗いが、目のパッチリした
黒い髪の女がこちらを見ているのに気づいた。
しかし、あまり気にせずステージへ向き直り、
しばらくしてまた気になり、後ろを向くとやはり
彼女がこちらをチラチラと見ていた。
そんなやりとりの中、どっかで彼女と会ったか
な? なんて思い出しつつ、時間が過ぎていった。
またトイレへ行きたくなり、彼女のそばを通り過
ぎると彼女は寄って来て私に話しかけてきた。
彼女の話すスペイン語は、とても聞き取りづらく、
会場の音もとても大きいので、何回も聞き直した。
スペイン語を話す国の人々は、ただでさえ
まくしたてるように喋る。まして、キューバ人の話
すスペイン語は、最後に付くSの発音をほとんどしない。
語尾を省略したり、途中、単語と単語をくっつけて、
せっかちに話すのが特徴だ。
なんてことはなかった。
「ビール一杯おごってくれ」と一生懸命喋っていたのである。
彼女の名はマエリーン。
黒髪に少しウエーブがかかっていて、肩くらいまである。
どちらかというとスレンダーな感じではなく、
少しふっくらした感じの女の子であった。
例のごとく、ヒップラインがはっきりわかるパン
ツをはいていた。キューバではこのように、
外国人に気軽にビールを求めてくる女性は珍しくない。
私は酔っていたせいもあり、彼女がとても可愛く
見えたので、ビールを1杯おごった。
今度はタバコを一本くれと言い、私のタバコ、
マールボロを一本あげると、
「このタバコは強いから体によくない」と言ってきた。
普通、人にタバコをもらっといて、
日本人にこんなこと言われたら、じゃあ吸うな、とでも
言いたいところであるが、そこははっきり自分
の意思表示をするラテン人相手と思い我慢する。
よくよく見ると、私のタバコをパカパカ吸っていた。
「オイオイ」と思いながら、私のほうから彼女にサルサを
教えてほしいと言った。
彼女は「いいよ!」と気軽に返事をして、
いきなり私の体に密着し、手を腰に回してきた。
私はサルサのステップをどう踏んでいいのかわからず、
彼女が密着してきた体を一度離して、足の動きを教えてもらう。
なんとなく理解し、手をつなぎ、もう一度一緒に
踊ってみると、やはり足の動き方が気になり、チ
ラチラ足元を見ると彼女は「足元を見てはダメ。見るのは私」と言った。
また、彼女は足元が見え。なくなるよう、体を密着
してきて、彼女と私は30センチくらいのところで
目と目を合わすことになった。 (後編につづく)